仕事・働きかた

発達障害のむじまるが風俗嬢をしてた時の話【いろいろ学んだ】

赤い花びらと天使の置物

こんにちは、むじまるです。
(@mujimaruADHD)

今回は発達障害と仕事について書こう…と思ったんですが、この手の記事はもうあふれ返ってますよね。「発達障害に向いてる仕事3選!!」みたいな。

ありふれたものを書くのもアレなんで、今回は「発達障害のむじまるが風俗嬢をしてた時の話」について書くことにします。

エロにはしないつもりですが、いかんせんぴんくのお仕事ですので気に障る方がいらっしゃったらごめんなさい。

眉間にシワを寄せながら、でも読んでもらえるとありがたいです。

みなさん風俗業って心のないところだと思ってませんか?
…そうなんです、残念ながらたしかにそういう部分がほとんど。

世間一般から見れば澱みのような場所。
でも、私がその澱みで考え、見つけ、気づいたことを知ってほしいと思います。

自分の存在価値を高めるため風俗店へ

海底からのぼる気泡

20代の私は、自傷行為やOD、自殺未遂などがエスカレート。救急で運ばれたり眠剤飲みまくって三日三晩眠り倒したり…。

とにかくその環境と自分自身に耐えられなかったんだと思います。

さりとて自分の思いをことばにすることもできず。ただただ、できない自分を責めるため、生きてる実感を得るために自分を傷つけ続けました。

病みモードが炸裂していましたが、25歳で大切にしたいと思える人に出会います。

しかし、私の中にある「私の存在価値」は家庭環境の影響により「お金を稼ぐこと」でしか保てていませんでした。

自分の存在価値を高めるため、たくさん稼げる仕事を探します。

そして、風俗店で働くことを決めました。

風俗で働くという自傷行為

日没の古い桟橋

見ず知らずの人と触れ合わなければならない、しかも拒否権はほぼない。誰しもすすんで風俗店で働きたくはないですよね?

なのに、なぜ風俗だったのか。

お金もありましたが、それは自傷行為の一環でもありました。

無価値な自分の事を大切だと思う人はいない、という考えだったので、体を使って働くことになんの抵抗もなかったんです。

不良ドラマでよくある「俺の体をどうしようが、俺の勝手だろ」って感じですかね。

本当に抵抗がなかった。

怖かったのは最初だけ。
それである程度のお給金をもらえる、すぐに慣れて何も思わなくなりました。

ファッションヘルスでの労働環境

赤いワンピースを着たマニキュアの女性

勤務スタイル

私が働いていたお店は、出勤から退勤までをずっと同じ個室ですごす、個室型と呼ばれるスタイル。

個室と言っても天井は繋がっているので、となりの話し声などは丸聞こえでしたが。

お手洗いとシャワー室は共同なんですが、ほかの女の子と遭遇することはほぼありませんでした。

部屋で待機している間は自由時間なので、テレビを見るもよし本を読むのもよし。

ただ音が出せないしテレビは見ないので、私はたいてい読書かゲーム。

香りも自由にできたので、お気に入りの芳香剤などを置いて自分がリラックスできる空間にしていました。

ただ、自分の部屋とはいっても、入れ替えで別の女の子も使います。帰るときには、きちんときれいにして帰るのがマナーでしたし、みんなそうしていました。

基本的には週5日、1日7時間の勤務で休憩は30分+待機時間。予約で埋まっている日はあっという間でしたが、フリーのお客様ばかりだと疲れました…。

面倒な人づきあいがなかったので、個人的にはとても働きやすい環境でしたよ。

仕事内容

部屋には内線が置いてあり、フロントからの呼び出しが鳴ったらお仕事です。お客様を迎えに行き、部屋まで案内します。

私がお客様に出会うパターンは3つ。

  • フリー:なにも指名なし、どんな子がくるかはおたのしみ
  • パネル指名:店内にあるパネル写真(出勤してる女の子の写真)を見て指名する
  • 本指名:「むじまるに会いにきたで!」と直に指名する

最初はお店が売り出してくれるので、パネル指名や本指名も多いです。

この新人フェアのうちにがんばってお客様をつかみます。
フェアが終わればフリーのお客様が増え、しんどいことも多くなってきますのでね。

お客様を部屋に案内したら、自己紹介とコースの確認。

私のいたお店では最短は30分、最長は女の子の出勤してる最大時間の「貸切り」というのもありましたね。

個人的には長すぎると話が続けられないので、60分がプレイ、お話し共にいちばんベストでした。

プレイ内容は

  • キス
  • ペッティング
  • 口でフィニッシュ

という感じで、風俗としてはわりとノーマルでした。むじまるが働いてたころは過激なお店は少なかったですが、今は値引き競争とサービスの過激化で大変だろうな…

風俗嬢でよかったこと、大変だったこと

グレーの布団から猫の手が出ている

澱みの世界、風俗店。

そんな中でもいろんな出会いがあり、いろんな人がいて…。

よくも悪くもすべての行いが自分にはねかえるので、やりがいはありました。
それに、人の皮の一枚下を垣間見れるのは楽しかったです。

なにより私に会いに来てもらえるのがうれしかった。

優しくしてもらい、気にかけてもらい、当時の自分の現実よりもよっぽどあたたかい世界。私の承認欲求もそこで満たされていたんですね。

風俗嬢でよかったこと

うれしかったのはやはり本指名で来てくださるお客様が増えること。

むじまるは1日の仕事で8割は本指名をいただいてました。

本指名の数が増えると指名料のバックがつくのはもちろんですが、良い人間関係ができている人と肌を合わせるのは初めての人とのそれよりも安心感があります。

なにより本番要求の遭遇率が減るのは、ストレスの度合いが桁違い。

お客様と風俗嬢という関係ですが、一対一の人間です。プレイ以外にもいろんなお話をしました。

お仕事、趣味、家族、彼女。多かったのは悩み相談。

会社であったことにむしゃくしゃして来店された方、彼女には言えない趣味がある方、身体的な特徴で普通の女性と性的な関係をもてない方…

ただの風俗嬢であるむじまるに差し入れをしてくださったり「ずっと個室で退屈でしょ」と雑誌や本をいただいたり、とてもありがたかったです。

年齢も立場もさまざまな方と出会って、とても勉強になりました。

いうなれば肌のふれあいもコミュニケーション、それ以外をおろそかにしては成り立たない仕事でしたね。

むじまるは親に抱きしめられたことがありません。抱きしめられる安心感とかうれしさは全く知りませんでした。

それが皮肉にもお客様に優しく抱きしめてもらえたことで、少しずつ満たされてたような気もします。

風俗嬢で大変だったこと

こう書いていると「自分もできるかも」と思う方がいらっしゃるかもしれません。
でもどんな仕事もそうですが、いいことばかりではないのが現実。

当時60代ぐらいのお客様に「親はどう思ってるやろね、僕やったら絶対いややわ」と言われ続けながらプレイ。

必死で耐え、お客様が帰った瞬間に悔しさで号泣したことがあります。

だいたいの方は優しくしてくださいましたが、時々ひどい事を言う方もいらっしゃって、メンタルはボロボロでした。

1傷つくと100優しくしてもらっても、傷はなかなか癒えないんですよね。

肉体的な負担は言うまでもなく、たいへんです。ときにはケガをしてしまうこともありましたし、乳首とデリケートゾーンは年中ヒリヒリしていてつらかったです。

それにお店にはランキングが貼りだされますので、ほかの女性との比較は毎日。

2位以下にいれば「負けたくない」1位になれば「追いつかれたらどうしよう」で神経はすり切れていましたね。

風俗嬢として学んだこと

木目テーブルに置かれたハートの木の切り抜き

それでも、学んだことや気づいたことはたくさんありましたし、今の人生に活かされています。待機中、本を山ほど読んだというのもありますが。

一般的な人はふだんの生活の中で学んでいくのでしょうけど、むじまるはその機会がなかったんですよね。

濃かったですが風俗という世界でいろんなことを学んでいきました。

無理は自分の首をしめることになる

新人のころ「がんばって指名とらなくちゃ!」とがむしゃらになっていました。

誰でもそうですが、最初ってがんばりますよね、でも…

  • 努力のわりに成果がついてこない。
  • まだまだ努力が足りない、もっとがんばらなくちゃ…
  • お客様に嫌なことを言われても笑って返す、ガマンする。
  • 少しでも気に入ってもらうために。

がんばった甲斐もあって指名は増えました。

ただ、これは間違ってたんです。

がんばってたんではなく無理をしていただけ、ということに気づきました。

しかも、無理をしてる私を気に入って指名してくれたお客様には、ずっと無理をし続けなくてはいけない。

ある日思い切って、偽ることをやめてみました。

完全に素の自分というわけにはいきませんがナチュラルなむじまるです。もしお客様が離れたらそれはそれ、仕方ないなぁと。

案の定離れていくお客様もたくさんいました。でも、新たに気に入ってくださったり、受け入れてくれたお客様もいてくださって、ありがたかった。

結果、過剰に無理をすることなく気の合うお客様がついてくださり、働くストレスは大幅に減りました。がんばってたつもりが自分の首をしめてたなんて…

なるべく偽らず気持ちはお客様にちゃんと伝える。そんな接客をするようにしてみたら、不思議と指名も戻り接客も少しリラックスしてできるようになりました。

今となっては、ふだんの人づきあいにもいえることだと思います。

無理して友達に合わせる、無理して飲み会に行く…こういう事も私は「しんどくなるからいかない」とちゃんと伝えるようにしています。

最近はあまり誘われなくなったので、断って心苦しくなることも減ってきました。

断ったからって人間関係が終わるわけではないとむじまるは考えてますが、この辺をどうとらえるかは人それぞれですね。

自分でじぶんを好きになってあげる

当時の私は自分のことが好きかどうか、というより自分自身に全く関心がありませんでした。

セルフネグレクトに近いのかな、嫌なことを避けようともせず自分を傷つけて生きてきました。

ところが、お店で初めてナンバーワンをとれた日。思ってた以上にうれしかった。

つらいこともたくさんあったからめずらしく自分でじぶんをほめちゃってました。
「がんばったね、よかったね」って。

そしたら急に、がんばってきた自分が愛おしくなり胸がしめつけられて泣いてしまったんです。自分でもビックリ。

その日から自分に対する思いが180度変わりました。大好きな自分がいやなことはしたくない、自分を大切にしたい。

その後も生きるために風俗で働きますが、無茶なこと(シフトつめまくるとか)はしなくなりました。

なんでしょう、急に気づいたんですよね。

自分を好きになって変わったことは

  • 自分を信用できるようになった
  • 自分には価値がある、と思えるようになった
  • 人の評価が今までより気にならなくなった
  • 人との違いを許容できるようになった
  • 言いたいことを言えるようになった

本当に、急に世界が変わった感じでした。

いろいろ学べたけど長くはつづけられない

お城がある湖に飛ぶシャボン玉

人のぬくもりや優しさを経験できて、自分をみつけ大切にできるようになった私。

ですが、求められたり気に入ってもらえるのは、ナチュラルとはいえ、そうなるように演じている自分。

いつも本当の自分がわからずに空虚なかんじでした。やっぱり発達障害や精神疾患、人格障害のある自分には向いてなかったですね。

それに、不特定多数の人に触られることは意識しなかっただけで、嫌だったんだと思います。これしかないんだ、と言いきかせて働いてましたし。

感情の起伏が激しかったり散財したり…。

ADHDか双極性障害かどちらが強く出てたのかはわかりませんが、衝動性にふり回されるジェットコースターのような暮らしでした。

なんだかんだで病んでた!

今回は、現在のバーテンダーの次に長く続いた風俗のお仕事の話でした。不快に思った方がいたらごめんなさい。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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